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鍵盤を叩きに叩く人種がいる。こういう手合いの音楽を聴いていると、録音ならともかく実演だと肉体的に辛くなってくる。音の塊を次々ぶつけられて頭痛がはじまり、抜けが悪いために空間に留まり続ける、鬱陶しい湿度にも似た音の分厚さに比喩ではなく息苦しくなる。幼いころ風邪をひいた時、口の中に綿を詰められているような感覚に襲われることがよくあり、今でも体が重いときにこの感覚が時に蘇ることがあるが、こういう演奏を聴くと、そのざらざらとした口中の感覚が再現して難渋する。従って、早く終われ、早く終われ〜〜、と念じることになる。
先日聴いたピアニストによる協奏曲、まさにこの典型例だった。こういうタイプですぐに思い出すのが、夭逝してしまったスルタノフ。彼のライヴは数度聴いたが、ピアノの弦を叩き切る豪快な打鍵は全く爽快とは逆ベクトルにあり、いずれもそういった息苦しさを覚えさせるものだった。個人的にはそういった生理的な相性の悪さがあるため、あまり評価していない演奏家なのだけれど、しかし彼の場合、それだけでは済まないものもあったのは事実。結局最後の来日になった公演で披露したリストのソナタは、こりゃ10年後の演奏は面白いかもな、と思わせた。 だが今回聴いた奴にそんな感情は一欠片も湧いてこないんだよなあ。7年ほど前のリサイタルでもアンコール始まる前に席を立ったのだけれど、今回も余りに食傷して前半で退散。いや、いろいろな人がおるものであります。 |
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